出典: 『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日ISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
贈与とは、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる契約をいいます(民法549条)。書面によらない贈与は、原則として解除することができますが(550条本文)、履行の終わった部分については、解除することができません(同条ただし書)。
書面によらない贈与の解除(最判昭60.11.29)
事件の概要
Aは、自己の所有する宅地(本件土地)をYに贈与したが、荷主Bから所有権移転登記を経由していなかったため、Yに対し、贈与に基づく所有権移転登記をすることができなかった。そこで、Aは、司法書士Cに依頼して、本件土地をYに譲渡したからBからYに対し直接所有権移転登記をするよう求める書面を作成し、これをB宛ての内容証明郵便によりBに送付した。その後、Aが死亡し、Aを相続したXは、AからYへの贈与は書面によらない贈与であるとして取り消し、Yに対し、所有権移転登記の抹消登記手続きを求める訴えを提起した。
*現民法550条は「解除」と規定しているが、本件当時の550条は「取消」と規定していた。
判例ナビ
第1審は、Xによる贈与の取消しを認めましたが、控訴審は、認めませんでした。そこで、Xが上告しました。
裁判所の判断
民法550条が書面によらない贈与を取り消しうるものとした趣旨は、贈与者が軽率に贈与することを予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることを期するためであるから、贈与が書面によってされたといえるためには、贈与の意思表示自体が書面によっていることを必要としないことはもちろん、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、又は書面に無償の授与の記載があれば足りるものではなく、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足りるものと解すべきである。これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実によれば、Xの被相続人である亡Aは、本件土地をYに贈与したが、飼主であるBからまだ所有権移転登記を経由していなかったことから、Yに対し贈与に基づく所有権移転登記をすることができなかったため、同人のCを介し司法書士に依頼して、右土地をYに譲渡したからBからYに対し直接所有権移転登記をするよう求めた1通の内容証明郵便による書面を作成し、これをBにあてて送付したというのであり、右の書面は、単なる第三者に対する書面ではなく、贈与の履行を目的として、亡Aが所有権移転登記義務を負うBに対し、中間者である亡Aを省略して直接Yに所有権移転登記をすることについて、同意し、かつ、意図した書面であって、その作成の動機・経緯、方式及び記載文言に照らして考えるならば、贈与者である亡Aの贈与の意思が右書面に基づいて作成され、かつ、贈与の意思が明確に看取しうる書面というのにさしつかえはなく、民法550条にいう書面に当たるものと解するのが相当である。
解説
本件では、AがBに送付した内容証明郵便が550条の「書面」に当たるかが問題となりました。本判決は、550条が書面によらない贈与の取消し(現解除)を認めている趣旨を軽率な贈与を予防し、かつ、贈与の意思を明確にすることにあるとした上で、この趣旨から同条の「書面」の意義を明らかにし、AがBに送付した内容証明郵便は「書面」に当たるとしました。
過去問
Aは、自己所有の甲建物をBに贈与する旨を約した。本件贈与が書面によるものであるというためには、Aの贈与意思の確保を図るため、AB間において贈与契約書が作成され、作成日付、目的物、移転登記手続の期日および当事者の署名押印がされていなければならない。(行政書士2015年)
最高裁判所の判例では、売主から不動産を取得した贈与者がこれを受贈者に贈与した場合、贈与者が司法書士に依頼して、登記簿上の所有名義人である売主に対し、当該不動産を受贈者に譲渡したので売主から直接受贈者に所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便を差し出したとしても、それは単なる第三者に宛てた書面であるから、贈与の書面に当たらないとした。(公務員2018年)
× 贈与が書面によるものであるというためには、贈与の意思表示自体が書面によっていることを必要としません。また、書面が贈与の当事者間で作成されたこと、または書面に無償の趣旨の文言が記載されていることも必要ではなく、書面に贈与がされたことを確実に看取しうる程度の記載があれば足ります(最判昭60.11.29)。
× 売主から取得した不動産を贈与者が受贈者に贈与する場合、贈与者が司法書士に依頼して作成した、登記簿上の所有名義人である売主に対し、当該不動産を受贈者に譲渡したので売主から直接受贈者に所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便は、贈与の書面に当たります(最判昭60.11.29)。