弁済・相殺

弁済・相殺

出典: 『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日ISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス 弁済とは、債務の内容である給付を実現し、債権を消滅させることをいいます(民法473条)。弁済は、原則として債務者以外の第三者もすることができます(第三者弁済。474条1項)。また、弁済受領権限を有しないが、受領権者としての外観を有する者に対する弁済も、一定の要件のもとに有効となる場合があります(478条)。 相殺とは、2人が互いに同種の債権を有する場合に、それを対等額で消滅させる一方的意思表示をいい(505条1項)、相殺の意思表示をする一方当事者が有する債権を自働債権(反対債権)、相殺の意思表示の相手方である他方当事者が有する債権を受働債権といいます。相殺には、(1)公平保持機能(2人が互いに債権を持ち合っている場合、一方が誠実に債務を履行したのに、他方は履行しないという不公平な事態を避ける機能)、(2)簡易決済機能(金銭の授受を伴わず、意思表示だけで簡易に債権債務を決済する機能)、(3)担保的機能(互いに債権を持ち合うことによって、事実上、対当額については履行が確保されているのと同じことになる機能)があります。 債権の二重譲渡と民法478条(最判昭61.4.11) 事件の概要 1979(昭和54)年6月27日、Xは、Aから、Yに対する200万円の代金債権(本件債権)を譲り受け(本件債権譲渡)、Aは、Yに対し、確定日付のある証書をもって本件債権譲渡を通知し(本件譲渡通知)、これが同月28日にYに到達した。同年7月6日、Xは、Yから、本件債権のうち200万円の支払いを受けた。他方、Bは、Aに対する債権に基づき、本件債権中200万円(本件債権部分)について、同年8月15日仮差押命令を、更に、同年11月1日債権本押・取立命令を得、右各命令は、それぞれその頃Yに送達された。Bから再三の催告を受けたYは、前記仮差押命令および差押・取立命令を発した裁判所の判断に間違いはないだろうと考え、右命令に従って、同年11月21日、本件債権部分の全額をBに支払った。 判例ナビ Xは、Yに対し、本件債権の残額40万円の支払を求める訴えを提起しました。第1審、控訴審ともに、YのBに対する本件債権部分200万円の弁済は有効であるとして、これを控除した40万円についてのみXの請求を認容しました。そこで、Xが上告しました。 裁判所の判断 二重に譲渡された指名債権の債務者が、民法478条2項所定の対抗要件を具備した他の譲受人(以下「優先譲受人」という。)よりのちこれを受領した譲受人(以下「劣後譲受人」といい、「譲受人」には、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令を発令・取立命令の執行をした者を含む)に対してした弁済についても、同法478条の規定の適用があるものと解すべきである。即ち、右民法467条2項の規定は、指名債権が二重に譲渡された場合、その優劣は対抗要件具備の先後によって決すべき旨を定めたが、右の理は、債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令および差押・取立命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても異ならないと解すべきであるが...、右規定は、債権の劣後譲受人に対する弁済の効力についてまで定めているものとはいえず、その弁済の効力は、債権の帰属に関する民法の規定によって決すべきものであり、債務者が、右弁済をするについて、劣後譲受人を債権者としての外観を信頼し、右譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がないときは、債務者の右信頼を保護し、取引の安全を図る必要があるので、民法478条の規定により、右弁済に対する弁済はなおその効力を有するものと解すべきである。そして、このように解するときは、結果的に優先譲受人が債務者から弁済を受けられない場合が生ずることを認めることになるが、その場合にも、右優先譲受人は、債権の帰占点者(同「受領権者」たる譲受人)に対して弁済にかかる金銭につき不当利得として返還を求めること等により、対抗要件具備の効力を保持しえないものではないから、必ずしも対抗要件に関する規定の趣旨をないがしろにすることにはならないというべきである。それゆえ、原審の確定したところによれば、本件債権部分の二重の譲受人と同視しうる立場にあるXとBとの対抗関係における優劣は、譲渡であるXの確定日付のある書面による本件譲渡通知のYに到達した日時と前記仮差押命令がYに送達された日時の先後によるとみるべきものであって、Xが唯一の債権者であり、Bの得た前記の仮差押命令および差押・取立命令は、Aに帰属しない債権を対象としたものとして、Xに対してはその効力を主張しえず、無効であったが、右仮差押命令等を得たBは本件債権部分の成立要件としての外形を有し、右債権の帰属者たるに当たるということができるから、同人に対する弁済につき民法478条の規定の適用があるものというべきである。 民法478条2項の規定は、指名債権の二重譲渡につき劣後譲受人が同項所定の対抗要件を先に具備した優先譲受人に対抗しえない旨を定めているのであるから、優先譲受人の債権譲渡行為又はその対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じない等の場合でない限り、優先譲受人が真の債権者であるのであって、債務者としても優先譲受人が真の債権者であることを認識し、また、債務者が、右譲受人に対して弁済するときは、債権に関する規定に基づきその効果を主張しうるものである。したがって、債務者において、劣後譲受人が真の債権者であると信じたが、右弁済につき過失がなかったというためには、優先譲受人の債権譲渡行為又は対抗要件に瑕疵があるためその効力を生じないとか、優先譲受人ではないと信ずるに足りる特段の事情があるなど優先譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである。そして、右の理に照らすところによれば、Aの本件債権譲渡のYに対する到達日時がBの得た本件仮差押命令のYへの送達日よりも早かったというのであるから、債務者であるYとしては、少なくとも、Bの得た前記の仮差押命令および差押・取立命令がXに優先して有効であると信ずべきであったということがうかがわれないから、Yが、前記確定日付のある本件譲渡通知がYに送達されているのを知りながら、前記仮差押命令・取立命令等を発した裁判所の判断に過誤なきものと速断して、取立債権を有しないBに対して弁済したことに、過失がなかったものとすることはできない。 解説 債権が二重譲渡された場合、譲受人相互間の優劣は、確定日付のある通知が債務者に到達した日時の先後で決します(最判昭49.3.7)。が、これは、同一の債権における譲受人と仮差押債権者の優劣を決する場合も同様です。本件では、Aの譲渡通知がYに到達した日がBの得た本件仮差押命令がYに送達された日よりも早かったので、本件債権部分はXに帰属します。したがって、YのBに対する弁済は無効なものともいえ、Yの弁済に478条の適用により弁済を有効とすることができるかが問題となります。本判決は、478条の適用を認めた上で、YにはBを真正の債権者であると信じて弁済したことについて過失がなかったとはいえないとして、YのBの申告に対する弁済を無効としました。なお、民法480条の「受領権者」たる債権者は、平成29年民法改正で、「取引上の社会通念に照らして受領権者(債権者および法令の規定または当事者の意思表示によって権限を付与された第三者をいう)としての外観を有するもの」に改められたため、劣後譲受人はこれに該当します。 過去問 債権が二重に譲渡された場合、譲受人間の優劣は、対抗要件具備の先後によるが、債務者が法律上劣後する譲受人であって弁済したときであっても、債務者の信頼(取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する者に対する弁済として有効な弁済となる場合がある)。(公務員2019年) ○ 債務者が、弁済をするについて、劣後譲受人を債権者としての外観を信頼し、劣後譲受人を真の債権者と信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がない場合は、478条の適用により、劣後譲受人に対する弁済は有効となります(最判昭61.4.11)。 時効消滅した債権による相殺(最判平25.2.28) 事件の概要 1998(平成8)年10月28日、Xは、Yに対し、金融機関取引貸付から生じた20万円の過払金に係る不当利得返還請求権(本件過払金返還請求権)を有していた。 2002(平成14)年3月29日、AはXとの間で、Yを債務者とする消費貸借契約による債権を担保するため、自己の所有する不動産に根抵当権を設定する旨の合意をし、Xは、Yの依頼により、Aから500万円を借り受けた。この消費貸借債権は、XとYが2017(平成29)年2月まで毎月1回11万円の元利金を分割弁済することとし、その支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(本件特約)があった。 2003(平成15)年1月6日、Yは、Aを吸収合併し、Xに対する上記の債権を承継した。Xは、AおよびYに対し、上記貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い、2010(平成22)年6月21日の時点で、残元金の額は90万円であった(本件貸付金残債権)。しかし、Xは、同年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。 2010(平成22)年6月17日、Xは、Yに対し、本件過払金返還請求権を含む合計30万円の債権を自働債権、本件貸付金残債権を受働債権として、相殺の意思表示をした。これに対し、Yは、同年9月28日に、Xに対し、本件過払金返還請求権は、取引終了時点から10年経過し時効消滅しているとして、時効を援用する旨の意思表示をした。その後、Xは、Yに対し、相殺が有効である場合における本件貸付金残債権の残元利金と弁済した。 判例ナビ Xは、根抵当権の被担保債権である貸付金債権が相殺および弁済により消滅したとして、Yに対し、所有権に基づく根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました(本件訴訟)。第1審がXの請求を認容したため、Yは控訴し、控訴審において、Xによる相殺は無効であるとして、Xに対し、貸付金残元金と遅延損害金の支払を求める反訴を提起しました。控訴審がXの相殺を有効とし、Yの控訴および反訴を棄却したため、Yが上告しました。 裁判所の判断 民法505条1項は、相殺適状につき、「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから、その文理に照らせば、自働債権のみならず受働債権も弁済期にあることが相殺の要件とされるとみるべきである。また、受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に受働債権が相殺適状にあると解することは、上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって、相当でない。したがって、既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのない受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に来していることを要するというべきである。 これを本件についてみると、本件貸付金残債権については、Xが平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため、本件特約に基づき、同日の経過をもって、期限の利益を喪失し、その全額の弁済期が到来したことになり、この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。そして、当事者の相殺に対する期待を保護するという民法旧法508条の趣旨に照らせば、同条が適用されるためには、消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。前記事実関係によれば、消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については、上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過しているから、本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず、Xがした相殺はその効力を有しない。 解説 相殺をするには、自働債権、受働債権双方の債権が弁済期になければなりません(505条1項)。受働債権については、期限の利益を放棄すれば弁済期が到来するので、現実に弁済期が到来していなくても相殺を認めてもよいようにみえますが、本判決は、現実に弁済期が到来していなければならないとしました。 508条は、時効消滅した債権を自働債権とする相殺を認めていますが、そもそもどの時点で自働債権が「時効によって消滅した」といえるのかが問題となります。本判決は、「消滅時効期間が経過した時に」「時効によって消滅した」と解しました。 過去問 相殺が有効になされるためには、相対立する債権の弁済期について、自働債権は必ずしも弁済期にあることを必要としないが、受働債権は常に弁済期に達していなければならない。(公務員2020年) Aは、Bに対する100万円の代金債権を有している。一方、Bは、Aに対する100万円の貸金に係る不当利得返還請求権(本件過払金返還請求権)を有していた。その後、Aの債権の弁済期は到来したが、Bの債権は消滅時効期間が経過してしまった。その後、Aの債権の支払期限が到来した。この場合、Aは、自己の債権とBの債権を相殺することができ、自己の所有する不動産に根抵当権を設定することができる。この場合、Aは、自己の債権とBの債権を相殺することができないが、Bは、自己の債権とAの債権を相殺することができる。(公務員2020年) × 相殺が有効になされるためには、自働債権、受働債権ともに、弁済期が到来していることが必要です(最判平25.2.28)。 × 自己の債権の消滅時効期間経過後に、Aは、自己の債権とBの債権とを相殺することはできません(最判平25.2.28)。

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