出典: 『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日ISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
債権者代位権とは、債務者が財産権を行使しない場合に、債権者が代わって行使することができる権利をいいます(民法423条1項本文)。債務者の責任財産を保全するための制度ですが、簡易かつ優先的な債権回収手段としても機能します。
保険金請求権の代位行使 (最判昭48.11.29)
■事件の概要
1967(昭和42)年7月、Aは、道路を横断中にYの運転する車に轢かれて死亡した(本件事故)。Yは、Zとの間で被保険者をY、保険金額500万円の自動車対人賠(本件責任保険契約)を締結しており、本件事故は、本件責任保険契約の被保険期間中に発生したものであった。そこで、Aの相続人Xは、(1) Yに対して有する損害賠償請求権を、(2) Zに対して有する保険金請求権を代位行使し、保険金額と同額の500万円の支払を求める訴えを提起した。なお、Xが訴えを提起した当時、Yは、現金・預金等600万円の資産を有し、負債は100万円であった。
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第1審は、Yに対する請求について300万円の一部認容判決を、Zに対する請求について6,500万円の認容請求を棄却したため、XとYは、控訴しました。控訴審は、(1) Yの訴えについては、原判決を変更して100万円の一部認容判決を、(2) Zの訴えについては、原判決を取り消してXの請求を棄却した。そこで、Xについては上告しました。
■裁判所の判断
金銭債権を有する者は、債務者の資力がその債権を弁済するについて十分でないときにかぎり、民法423条1項本文により、債務者の有する権利を行使することができるのであるが…、交通事故による損害賠償債権も金銭債権にほかならないから、その債権者が債務者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使する場合にも、債務者の資力がその債権を弁済するについて十分でないことを要すると解するのが相当であるから、右代位行使をするについて債務者の資力が十分でないことを要しないとする原審の判断は、民法423条1項本文の解釈を誤ったものといわなければならない。
解説
従来から、判例は、債務者が無資力であることが債権者代位権を行使するための要件であるとしており(最判昭40.10.12)、本件では、交通事故による損害賠償債権を被保全債権として代位権を行使する場合も無資力要件を要するか争われないかが問題となりました。本判決は、交通事故による損害賠償債権も金銭債権にほかならないとの理由で従来からの判例を踏襲しました。なお、現在では、被害者の保険金に対する直接請求が認められているため、債権者代位権を行使する必要性はほとんどありません。
過去問
交通事故の被害者が、当該交通事故に係る損害賠償請求権を保全するため、加害者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使する場合には、代位行使の目的である債権の行使により直接弁済の効果をあらかじめ確保されるべきであるので、債務者の資力が債権を弁済するのに十分であっても、債権者代位権を行使できる。 (公務員2012年)
× 1. 交通事故による損害賠償債権も金銭債権ですから、債権者の有する自動車対人賠償責任保険の保険金請求権を代位行使するには、債務者の資力が債権を弁済するについて十分でないことが必要です(最判昭48.11.29)。
債権者代位権の転用 (最判昭50.3.6)
■事件の概要
Aは、自己の所有の本件土地をZに売却したが、代金の一部を受領しただけで、残代金の支払期日が到来する前に死亡し、XとYがAを相続した。その後、残代金の支払も移転登記もされないうちにYも死亡した。そこで、Xは、Zに対し、残代金を支払うか所有権移転登記に必要な書類を送付するよう催告した。しかし、Zはこれに応じなかったもの、Yが応じなかったため、移転登記手続をすることができなかったZは、残代金の支払を拒んだ。そこで、Xは、Yの子Zに対する残代金債権を保全するため、ZのYに対する所有権移転登記請求権を代位行使して、Zから相続分に応じた残代金の支払を受けるのと引換えに所有権移転登記を行うことを求めた。また、Zに対しては、Xにこれに引換えて残代金を支払うことを求める訴えを提起した。
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第1審は、XのYに対する請求をいずれも認容し、Zに対する請求も認容した(Zに対する請求は、X側で確定)。控訴審もXのYに対する請求を認容したため、Yが上告しました。
■裁判所の判断
被相続人が土地を売却し、買主に対する所有権移転登記義務を負担していた場合に、買主の共同相続人がその義務を相続したときは、買主は、共同相続人の全員が登記義務の履行を提供しないかぎり、代金の支払を拒絶することができるものと解すべきで、したがって、共同相続人の1人が買主に対する債務の履行を拒絶しているときは、買主は、登記の提供をしない他の相続人に対しても代金の支払を拒絶することができるものである。そして、この場合、相続人は、同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、登記義務者の資力の有無を問わず、民法423条1項本文により、登記に応じない買主の有する登記請求権を代位行使することができるものと解するのが相当である。
解説
債務者の責任財産の保全という本来の制度趣旨以外の目的で債権者代位権を行使することを、債権者代位権の転用といいます。転用が認められるケースは、被保全債権が金銭債権や不動産引渡債権等の特定債権であることも多く、この場合、債権者代位権の無資力要件は不要と解されています。本判決は、被保全債権が金銭債権である場合について、無資力要件を不要とした点に特徴があります。なお、登記・登録請求権を被保全債権とする転用については、平成29年民法改正により明文化されました(423条の7)が、それ以外の転用については、本件のケースも含め、解釈に委ねられています。
過去問
土地の売主の死亡後、土地の買主に対する所有権移転登記手続を相続した共同相続人の一人が当該義務の履行を拒絶しているため、買主が同時履行の抗弁権を行使して土地の売買代金全額について弁済を拒絶している場合には、他の相続人は、自己の相続した代金債権を保全するため、買主が無資力でなくても、登記手続義務の履行を拒絶している相続人に対し、買主の所有権移転登記請求権を代位行使することができる。 (公務員2013年)
○ 1. 共同相続人の1人が所有権移転登記義務の履行を拒絶している場合、買主は、同時履行の抗弁権(民法533条)を行使して他の相続人に対しても代金全額の支払を拒絶することができます。この場合、相続人は、同時履行の抗弁権を失わせて買主に対する自己の代金債権を保全するため、買主の資力の有無を問わず、423条1項本文により、買主に応じない相続人に対する買主の所有権移転登記請求権を代位行使することができます(最判昭50.3.6)。