出典: 事件はラブホで起きている
大手探偵社を辞めてしばらくしてから、僕は探偵としての情報発信を始めた。
最初に勤めた大手探偵社では、社員によるSNSの利用は全面的に禁止されていた。浮気調査の内容をネットに書き込もうものなら、即クビ。探偵業って機密性の高い仕事だし、会社としても外ヅラを保つ以上、リスクを避けたいことも理解できる(ところで、DVする旦那や奥さんって、なんでそんなに外ヅラだけいいんだ?)。
だからこそ辞めてから、「もっと探偵のことを、世間のみんなに知ってほしいな」と思った。
当初、情報発信はただの趣味のはずだった。だけど正直にいえば、「探偵業界を変えたい」という大きな理想を密かに抱いていた。
「悪徳な探偵会社が女王バチとして君臨する業界なんて、この俺が変えてやる!」
浮気調査で依頼者に対してさらに傷つき、泣き寝入りする依頼者をゼロにしたい。そして、情報発信し続けていれば、悪徳業者は自然と淘汰されていくだろう。これからはネットやスマホがネイティブの時代。SNSの発展やネットリテラシーの高まりで、いずれは依頼者側も見る目を養われていくはず――そう信じて、草の根レベルで発信を始めた。でも、現実は違った。
切羽詰まった状況で、冷静に探偵を選ぶ余裕のある依頼者なんて、ほとんどいない。そんな依頼者の不安と焦りに巧みにつく悪徳業者は、今なお健在だ。もっと早く小沢さんのことを知っていれば……という後悔のDMを、これまで何十通と受け取ってきた。明らかに僕の力不足だ。
探偵業界を変えてやるだなんて、我ながらとんだ思い上がりだった。
「全員は救えないんだな……」
これが情報発信を続けて、たどり着いた結論だった。
だから今の僕には、かつて抱いていた『探偵業界を変えたい」なんて大きな理想は、もうない。誤解を恐れずにいえば(恐れるなw)、僕のもとにたどりつけなかった依頼者がどうなろうと、正直もう知ったこっちゃない。でも、ご縁があって巡り合うことができた、目の前にいる依頼者の信頼だけは全力で応えたい――今は、そう思っている。