出典: 事件はラブホで起きている
探偵業界の営業って、実は驚くほどえげつない。
浮気発覚直後の相談者は、情緒が崩れたリボ払のような状態だから、とてもじゃないけど冷静に判断できる状態じゃない。そんなとき、優しく甘い言葉を並べて、最後に少し強めの口調で背中を押してやれば成約――探偵側が本気を出せば、9割以上の契約はたやすく取れちゃう……高額サービスなのに。これが、探偵業界の現実。
だけど、僕はどうやら探偵の営業が下手なようでございまして……相談に来た人のうち、調査依頼に至るのは体感で3割ぐらい。だから、僕は7割の見込み客を取り逃がしていることになる……自分で書いてて思ったけど、成約率が3割ってことは、ひょっとすると僕は浮気調査をしている時間よりも、人生相談に乗っている時間のほうがトータルで長いのかもしれないな……別に相談だけならお金は貰わないから、ボランティアのようなものだ。だけど、同時に僕のこの非効率なやり方が、探偵としての「矜持」に通じている気もしているんだよね。
僕はメールや電話で相談を受ける段階で、その依頼がとるであろう未来が、うっすら見えてくることがある。前提として自分が依頼を受けたら証拠は撮れる、という自負ありきだけれどね。
不倫相手とどれくらいの頻度で会っているか。どんな嘘をついて不倫相手に会いに行っているか。依頼者はどこまで対象者の行動パターンを把握できているか――これらの要素を読み解くことで、調査期間、調査の難易度、費用、そして証拠がもたらす法的・金銭的なリターンが見えてくる。時には、夫婦の収入差や子どもの有無までをヒヤリングして、頭の中でザッと算盤を弾く。
もちろん、調査費用と慰謝料を天秤にかけて、金銭的な元が取れないだけならまだしも、ないこともわかっている。不倫は結局のところ感情のトラブルだし、はたから見ると同じ不倫であっても、内情はそれぞれ異なる。
許せない相手が配偶者だという人もいれば、不倫相手が許せないという人もいる。あるいは両者ともに許せないという人、不倫された事実よりも不倫をしていた理由が許せないという人もいる。
だから、依頼者が何に重きを置いて話しているのか、言葉の間や声のトーン、感情の揺れなどを感じ取りながら、耳を傾ける。もし、依頼者に迷いがあるようなら、こちらが不要な価値観を植え付けないように注意しながら、感情や気持ちを深掘りしていく。
誤解のないように言っておくと、僕が浮気調査で高い成功率を維持している秘訣は、「簡単な依頼ばかり受けているから」じゃない。むしろ逆で、僕のもとに来る依頼は、他社で断られたとか、失敗したとか、そんなのばっかりだから、調査の難易度はむしろ高い。だからチーム小沢の探偵たちは、こう言う。
「小沢君またかよ……なんでこういう難しい依頼ばっか受けてくるんだよ……」
文句を垂れつつも、どこか嬉しそうに目をキラキラさせてる……最高の仲間かよw